紹介

クローン病と歯周炎の関係

クローン病と歯周病の関係

クローン病などのIBD(炎症性腸疾患)と口腔内環境には関連性があることが知られています。
2013年、スイスのチューリッヒ大学病院で行われた研究により、クローン病による肛門部の病変が歯周炎を悪化させる可能性が示されました。

今回はこの研究の解説を通じて、口腔内環境と腸内環境の関わりについて見ていきましょう。

クローン病と歯周炎の研究の概要と結果

歯周病と腸内細菌の関係性
【解明】歯周病菌と潰瘍性大腸炎の腸内細胞の関係2022年9月14日のニュースで福岡歯科大学の口腔歯学部の田中芳彦教授と永尾潤一講師らの研究グループが歯周病が口の中の環境だけでなく腸内...

IBD患者113人(クローン病69人、潰瘍性大腸炎44人)と健常者113人に以下のような歯科検診を実施し、歯周炎の程度を調べました※1

※1:歯周炎が進行すると、炎症によって歯の周りの組織が壊されたり、腫れたりすることで、歯周ポケットの深さと出血量が増加します。さらに歯ぐきが溶けていくと、歯ぐきと歯の接着が弱まり、歯肉が剝がれて歯の根元部分が出てきます。

・歯周ポケット(歯と歯ぐきの間の溝)にプローブ(探針)と呼ばれる針状の金属器具を差し込み、出血の程度とポケットの深さを測定。
・通常は歯ぐきの中に隠れている歯の根元部分(セメント質)が、どのくらい出てきているか(アタッチメントロス)を測定。
また、歯と歯の間を埋める歯肉(歯間乳頭)の出血を測定し、歯肉炎の程度も調べました※2

※2歯と歯の間にある歯間乳頭は、弱い上に汚れや歯垢が溜まりやすい場所です。そのため炎症が起こりやすく、出血したり、失われやすい部分になります。

上記以外にも目に見える口腔内の病変は記録し、8カ月間観察・調査をしました。こうして集めたデータを統計学的に解析し、両者を比較しました。

歯肉炎:歯肉の炎症だけにとどまっており、比較的軽度のもの
歯周炎:歯肉炎が進行し、歯ぐきの腫れや膿、歯のぐらつき、顎の骨が溶けるといった症状が出はじめる重度のもの

実験の結果、以下のことが分かりました。

  1. 健常者よりIBD患者の方が、歯肉炎や歯周炎が多く見られた。
  2. クローン病における肛門部の病変が、歯周炎を悪化させる可能性が示された。
  3. 禁煙によって、歯周炎の悪化が和らいだ。
  4. 歯周炎とIBD患者の重症度(血便や腹痛の程度)の間に、明確な関連性は見られなかった。
  5. クローン病患者だけの集団を見ると、患者の重症度とアタッチメントロスが関係していた。
  6. 歯周炎、歯肉炎以外の口腔内病変は、IBD患者の約10%に見られた。

これらの結果より、IBDと歯周炎が関連していることが確認されました。またクローン病の重症度や肛門部の病変が、歯周炎を悪化させる可能性が示されました。



歯周炎とIBDはフローラが重要な鍵

歯肉炎や歯周炎は細菌の毒素によって、歯の周りの組織に炎症が起こった状態です。
歯周ポケットに歯垢(プラーク)が溜まり、歯垢中の細菌が繁殖することが原因となります。
口腔内環境と腸内環境の関連については以前から指摘されており、それを調べるための研究がなされてきました。IBDと歯周炎が関係するメカニズムについてはさまざまな説が提唱されており、以下にその一部をご紹介します。

IBDによる鉄分、葉酸、ビタミンB12不足

鉄分や葉酸、ビタミンB12は腸から吸収されるため、IBDで腸に炎症があると、これらの吸収が妨げられます。
葉酸やビタミンB12が不足するとコラーゲンの質が下がり※3、歯や歯ぐきの強度が落ちます。すると細菌が炎症を起こしやすくなり、歯周炎や歯肉炎にかかるリスクが上がると考えられています。
また鉄分、葉酸、ビタミンB12は、全身に酸素を運搬する赤血球の合成に関わるため、これらが不足すると貧血になります。その結果、炎症で傷ついた歯ぐきがうまく修復されず、症状が長引く恐れがあります。

※3:タンパク質が分解されると、ホモシステインというアミノ酸が出てきます。葉酸とビタミンB12はホモシステインの代謝を促進し、血中濃度を下げます。

これらの不足によって増加したホモシステインが、コラーゲンを作る酵素(リジンオキシダーゼ)の活性を下げることで、コラーゲンの強度も下がります。

口腔内細菌の腸への移動・定着

口腔内と腸内にはさまざまな細菌が生息し、この細菌の集団をフローラ(細菌叢)と言います。口腔と腸ではフローラを構成する細菌が異なり、それぞれが固有のフローラを持っています。
口と腸は繋がっているため、口腔内細菌が腸内に移動することがありますが、腸に定着することはありません
これは、腸内細菌が定着を阻んでいるためと考えられています。ところが腸内フローラが乱れていると、口腔内細菌(クルブシエラ・ニューモニエ)が腸に定着し、炎症を引き起こすことが分かっています。これがIBDの慢性化や悪化に寄与している可能性が指摘されています。

歯周炎と全身の関わり

歯周炎などの歯周病は腸だけでなく、全身の健康状態と関わっていることが分かってきています。歯周病は口腔内環境だけでなく、喫煙やストレス、生活習慣などによって悪化します。
また歯周病が慢性的に続くと、歯周病原菌や炎症を促進するタンパク質(炎症性サイトカイン)が口腔から血中に入り込んで全身を回ります。これによって動脈硬化による疾患(心筋梗塞や脳梗塞など)や、肝臓の脂質・糖代謝の異常などを引き起こします。

クローン病と歯周炎の関係のまとめ

スイスの大学による研究の結果から、クローン病の重症度や肛門部の病変は、歯周炎を悪化させる因子となる可能性が示唆されました。
口腔内環境と腸内環境には関わりがあり、今回の研究結果では腸内(肛門部)環境が口腔内環境に影響を及ぼしている可能性が考えられます。
今後、クローン病の肛門部病変と歯周炎がどのように関連するのか、具体的なメカニズムの解明が期待されます。

元になった記事
https://www.carenet.com/news/head/carenet/36737

参考文献
Mark G. Ward, Viraj C. Kariyawasam, et.al, Prevalence and Risk Factors for Functional Vitamin B12 Deficiency in Patients with Crohn’s Disease. Inflammatory bowel diseases. 21(12): p2839-2847, 2015
Shariq Najeeb, Muhammad Sohail Zafar, et al. The Role of Nutrition in Periodontal Health: An Update. Nutrients. 8(9): 530, 2016
中島貴子「T細胞免疫応答解析を基盤とした歯周炎と全身応答の関連解明」日本歯周病学会会誌, 58(2): p51-57, 2016
早稲田大学 HP https://www.waseda.jp/top/news/54628