タバコの喫煙は、呼吸器疾患や循環器疾患に悪影響を及ぼすことはよく知られています。
しかし、数ある病気の中では、煙草の喫煙がその症状を予防したり、改善したりすることがあります。
潰瘍性大腸炎ではタバコの喫煙によって発症リスクが下がる可能性がある疾患です。
潰瘍性大腸炎の原因はいまだに不明です。環境や遺伝が関わっているとも言われていますが、詳しいことは分かっておりません。
潰瘍性大腸炎については、タバコの喫煙が予防につながるのではないかと言われています。
後述しますが、クローン病においてはタバコの喫煙は発症リスクも再燃率も上がるので、潰瘍性大腸炎とクローン病は似た病気ではありますが煙草の喫煙リスクは全く異なります。
たばこ喫煙者の潰瘍性大腸炎の発生率
潰瘍性大腸炎とたばこの喫煙の関係については、いくつかの報告があります。
1982年にHarries(Harries,A.P.,Baird,A.,Rodes,.Non-smoking: a feature of ulcerative colitis.Br Med J 284:706,1982.)は、健常者の喫煙率が44%であるのに対し、潰瘍性大腸炎患者では喫煙者は8%に過ぎなかったと報告しています。
分かりにくいですが、潰瘍性大腸炎にかかっている方は健常者より喫煙率が低かった。という内容になります。そのほかにも、
- 健常者では、36%が一度も喫煙歴がなかったが、潰瘍性大腸炎患者ではその率が48%であったことが分かっています。
- 禁煙者の比率は、健常者で20%に対して、潰瘍性大腸炎患者では40%と有意に高かったことが報告されています。
- 喫煙者の潰瘍性大腸炎患者では、禁煙により病態が悪化することが知られています
禁煙中の潰瘍性大腸炎患者では、喫煙を再開すると約半数の患者の症状が軽減されたというデータがあります。(Osborne,M.J.,Stansby,G.P.Cigarette smoking and relationship to inflammatory bowel disease:a review.J R Soc Med 85:214-216.1992.)
- 209名の潰瘍性大腸炎患者にアンケートを行った調査では、喫煙者の方が、非喫煙者よりも入院する割合が低かったという結果になっています。
タバコの喫煙と潰瘍性大腸炎について
ニコチンと潰瘍性大腸炎患者の実験について
1994年に、ニコチンと潰瘍性大腸炎に関する実験が行われました。
内服薬で治療をしている潰瘍性大腸炎の患者さんを、「ニコチンの貼付剤を使用するグループ」と「プラセボ(偽薬)の貼付剤を使用するグループ」に分けて症状の変化を観察しました。
その結果、プラセボ(偽薬)を使ったグループでの寛解例は37人中9人だったのに対し、ニコチンを使ったグループでは、35人中17人が寛解したことが報告されています。
この実験により、プラセボ(偽薬)を使ったグループでは寛解率が24%であったのに対し、ニコチンを使ったグループでは寛解率が49%でした。
臨床上でも、腹痛や排便回数の面からみても、ニコチンを使用したグループの方の成績が優れており、症状の改善が見られました。
また、ニコチンは「ムチン」という粘膜を保護する物質の産生を増加させ、粘膜の保護作用を高めているとも言われています。
たばこ喫煙者の潰瘍性大腸炎の発症リスク
潰瘍性大腸炎は、直腸やS字結腸から連続的に広がる大腸の炎症性疾患です。この潰瘍性大腸炎は、喫煙によって発生リスクが0.65倍と報告されています。
潰瘍性大腸炎の患者にとって、禁煙することが症状の増悪や再燃につながる可能性が示唆されています。
アラキドン酸代謝物とは?
「アラキドン酸」とは、細胞膜のリン脂質から作られる物質です。
このアラキドン酸が代謝されてできる2つの代謝物が、炎症や腫れを引き起こす原因となります。
まず、1つ目は「プロスタグランジン」です。プロスタグランジンは、主に発熱や痛みの原因物質です。
次に2つ目は「ロイコトリエン」です。このロイコトリエンは、発赤や腫脹を引き起こす物質です。
たばこの喫煙者は、非喫煙者と比べると、直腸粘膜の「アラキドン酸代謝物」が減少すると報告されています。
喫煙は、これらのアラキドン酸代謝物の産生を抑制することで、潰瘍性大腸炎の病態を軽減しているのかもしれません。
タバコに含まれる一酸化炭素
一酸化炭素とは、物質が不完全燃焼した時に発生する有害物質です。
一酸化炭素は多量に服用すると死亡する危険がありますが、微量を摂取することで、腸の炎症を抑えることが最近のネズミの研究でわかりました。
研究用のネズミに、ごく微量の一酸化炭素を吸わせたところ、腸の炎症を引き起こす「インターロイキン12」という物質の発生が抑制されることが報告されています。
潰瘍性大腸炎の発症を抑える成分は、タバコの葉に含まれる「ニコチン」に注目されていましたが、最近では微量の一酸化炭素による可能性も出てきました。
しかし、微量の一酸化炭素が本当に潰瘍性大腸炎に効果があるかどうかはまだ研究途中です。
タバコの喫煙とクローン病について
慢性炎症性腸疾患(IBD)では、「潰瘍性大腸炎」と「クローン病」があります。
クローン病は、小腸から大腸にかけての炎症性疾患です。出血を伴う慢性の下痢、腹痛、発熱、体重減少など、潰瘍性大腸炎ととても良く似た病気です。
しかし、クローン病は喫煙が発症危険因子、再発促進因子だと言われています。
1990年アメリカのシカゴ大学では、喫煙者のクローン病患者は、非喫煙者のクローン病患者よりも再燃を起こしやすいことが報告されています。また、5年間のうちに一回目の手術から二回目の手術を行う確率が2倍になるというデータもあります。
(Tabacco use is associated with accelerated clinical recurrence of Crohn`s disease after surgically induced remission.)
クローン病患者にとっての煙草の喫煙は症状を再燃させるだけでなく、悪化させる要因となります。臨床的にも、再燃までの期間が短くなります。
潰瘍性大腸炎とクローン病の2つはよく似た疾患ですが、タバコの喫煙によるリスクが全く異なりますので注意しましょう。
紙巻きタバコと電子タバコ(アイコス等)の違い
喫煙にも、最近はアイコスなどの電子タバコも登場しており種類も豊富です。
従来のように、煙が出る紙巻きタバコと煙が出ない電子タバコの違いは何でしょうか。
紙巻きタバコは、タバコの葉を紙で巻いてあるものです。
火をつけてタバコの葉を燃やし、その煙を吸入します。喫煙は、ここで発生するニコチンを吸っているのですが、タバコの葉と巻紙を燃やすことで不完全燃焼が起こり、副流煙として一酸化炭素とタールが発生します。
一方で、電子タバコは、タバコの葉を燃やすことがないため、一酸化炭素とタールは発生せず、ニコチンだけを吸入しています。
潰瘍性大腸炎に関して、紙巻きタバコと電子タバコを比較した研究はまだされていません。また、電子タバコに関してはデータが不足していて、はっきりとわからない部分も多いです。
炎症性腸疾患と煙草の喫煙の関係性まとめ
喫煙やニコチンが、どのように潰瘍性大腸炎の発症リスクを抑制するのかはまだ解明されていません。
潰瘍性大腸炎では、大腸の粘膜で慢性的に炎症が起きています。タバコに含まれるニコチンには、血管収縮作用があり、血管の血流量を減少させる作用があります。
今の段階では仮説ですが、ニコチンによって大腸粘膜の血流量の増減が関係しているのではないかと考えられています。
しかし、潰瘍性大腸炎になってしまった場合、喫煙をする理由は何もありません。たばこの喫煙による多くの他の疾患を悪化させるリスクの方が絶大です。
タバコの煙には、4000種類以上の化学物質と、60種類以上の発癌性物質が含まれているとされています。
煙草の喫煙が一部の潰瘍性大腸炎に効果的である可能性は否定できないものの、全身の健康を考慮すると喫煙の効果はごく限られたものになります。
喫煙者が潰瘍性大腸炎になる確率が低いということと、ニコチンの大腸粘膜炎症作用は、まだ研究途中です。
今後、研究が進み、喫煙やニコチンと潰瘍性大腸炎の関連が明らかになり、新しい治療法が活用される日が来ることを願っています。