日本でもコロナワクチンの接種が迫られる中、クローン病や潰瘍性大腸炎という基礎疾患を持ちながらコロナワクチンの接種を受けるべきかどうか少し迷っている方も多いと思います。
イギリスのロイヤル・デボン・アンド・エクセターNHS財団は、「TNF阻害薬の治療を受けるIBD(炎症性腸疾患)患者は、新型コロナウイルスのワクチンを1回投与しただけでは十分な効果が得られない」とする研究論文を発表しました。(2021/4/26 Gut誌オンライン版より)
IBD患者のコロナワクチン接種の研究の概要と結果
TNF阻害薬(インフリキシマブ)とベドリズマブは炎症を抑制する薬剤で、IBDなどの治療によく使われています。
TNF阻害薬治療を受けるIBD患者と、ベドリズマブ治療を受けるIBD患者にそれぞれ2種類(ファイザー製、アストラゼネカ製)の新型コロナウイルスのワクチンを投与し、3~10週間後に新型コロナに対する抗体がどのくらいできているかを調べました。その結果ワクチンの種類によらず、TNF阻害薬治療患者の方がベドリズマブ治療患者よりも抗体の量が少なかったことが分かりました。
またセロコンバージョン(※①)は、ベドリズマブのみの治療を受ける患者が最も高く、TNF阻害薬と免疫抑制剤の併用治療を受ける患者が最も低いことが分かりました。
ただし、ワクチン投与前に新型コロナウイルスの感染歴があった場合、またはファイザー製ワクチンを2回接種した場合では、両患者とも良好な抗体量とセロコンバージョンが見られました。
以上の結果より、TNF阻害薬のような炎症抑制の治療によって全身の免疫機能が落ち、ワクチンの効果が弱くなることが懸念されています。こういった患者の感染リスクを下げるために、ワクチンの2回目の投与はできるだけ早く行うことが推奨されています。
なぜIBD治療で免疫が落ちるの?
IBDは、炎症によって腸の粘膜が欠けた状態(びらん、潰瘍)になることで、腹痛や下痢などの不調をきたす病気です。そのため、IBD治療には炎症を抑える薬が用いられます。
ところが、炎症は異常、または過剰な免疫反応によって引き起こされる症状です。つまりIBD治療で炎症が抑制されると、免疫力まで落ちてしまう場合があります。
なぜ免疫が落ちるとワクチンが効かなくなるの?
ワクチンのしくみ
免疫には、生まれつき備わっている自然免疫と、さまざまな病原体の感染を通じて身につく獲得免疫があります。病原体が侵入するとまず自然免疫、そのあとに獲得免疫が働き、この2つが駆動しているときが最も免疫力が高い状態です。
ところが獲得免疫系の細胞(T細胞やB細胞)は、自然免疫系(樹状細胞やマクロファージなど)の細胞から病原体の情報をもらわなければ活性化されません(抗原提示)。
幅広い病原体に対応できる自然免疫に対し、獲得免疫は特定の病原体に対して強く働く免疫反応ですので、「病原体がどんなやつなのか」を認識し、攻撃するための準備(病原体と強く結合する抗体の選別など)をする必要があります。
そのため、初めて出会う病原体が体内に侵入すると準備に時間がかかり、獲得免疫活性化までの助走が長引くことで重症化のリスクが高まります。ただし、一度感染した病原体の情報はメモリーB細胞が記憶するため、二度目以降の感染では獲得免疫系が速やかに活性化されます。
ワクチンは死滅、または弱毒化した病原体などからできており、感染前にワクチンを投与することで、病原体に対する免疫の準備が整います。すると感染時に獲得免疫までの助走が短くなり、重症化のリスクを抑えることができるのです。
免疫低下とワクチン
上記のように、ワクチンは宿主の免疫反応を誘発することで免疫力を付けるものです。したがって、免疫力が低下した状態でワクチンを接種しても免疫が付きにくく、ワクチンの効果が落ちてしまう可能性が懸念されています。
なぜ同じ抗炎症薬なのに、ワクチンの効き目に差が出たの?
炎症の抑制によって免疫力が落ち、ワクチンが効かなくなるのであれば、なぜ同じ抗炎症作用を持つTNF阻害薬とベドリズマブでワクチンの効果に差が出たのでしょうか?
その答えは、両者の作用メカニズムの違いにあると考えられます。
TNF阻害薬の作用メカニズム
TNFは免疫細胞(主にマクロファージ)などが分泌するタンパク質で、免疫細胞の活性化や異常(がん化など)のある細胞を殺す作用などがあります。もとは免疫反応を促進するものですが、IBDのような炎症性疾患では症状を悪化させる(炎症を強める)因子となります。
しかしTNFを阻害すると、腸だけでなく全身の免疫機能が抑制されてしまう恐れがあります。
ベドリズマブの作用メカニズム
外から常に異物(細菌など)や食物が入ってくる腸では、除去対象(細菌など)と吸収すべき栄養素を区別する必要があります。そのため腸には発達した免疫機能が備わっており、獲得免疫系を担うリンパ球の約6割は腸に分布していると考えられています。
腸のリンパ球は腸に留まらず、血流に乗って全身を巡りますが、再び腸に戻ってくることが知られています(ホーミング)。腸のリンパ球が持つα4β7インテグリンというタンパク質は、腸の血管にのみ存在するMAdCAM-1というタンパク質と相互作用し、リンパ球が血管を出て腸粘膜に移動する際の足掛かりになります。
ベドリズマブはリンパ球のα4β7インテグリンに結合し、リンパ球の腸粘膜への移動を防ぐことで、腸の炎症だけを抑えることができます。
IBD患者の新型コロナワクチン接種についてのまとめ
ワクチンは免疫細胞に病原体の情報を教えるものです。
感染前に病原体の情報を教え(ワクチンを投与)、免疫細胞にあらかじめ準備をさせておくことで、感染時の免疫応答が速やかに活性化し、重症化のリスクを下げることができます。
しかしIBDをはじめとする炎症性腸疾患では、炎症を抑える治療法によって免疫力が低下し、ワクチンの効果も落ちてしまうことが懸念されています。
炎症抑制剤の種類によって効き目も変わるようですが、治療で炎症抑制剤の投薬を受ける患者は、1回目のワクチン接種から間が開かないうちに2回目の接種を受けましょう。
元の記事:
ケアネット「TNF阻害薬治療中のIBD患者、新型コロナワクチン単回接種では抗体応答が不良」
参考文献:
松野健二郎、上田祐司「免疫応答を現場で見る」顕微鏡, 47(1), 2012
久冨木原健二、中原仁「インテグリン阻害剤:natalizumubとvedolizumab」血栓止血学会誌, 30(4), p603-609, 2019
三浦総一郎、穂苅量太、都築義和「消化管免疫とリンパ循環学」脈管学, 48(2), p143-149, 2008
穂苅量太、東山正明「炎症性腸疾患の病態と治療の進歩」日本内科学会雑誌, 109(3), p465-470, 2020